2008年06月04日
夫婦岩って素敵
見ていると、本当にほのぼのしますよね。
夫婦岩は日の大神(天照大神)と興玉神石を拝むための鳥居の役目を果たしている。 古来、男岩は立石、女岩は根尻岩と呼ばれていたが、いつの頃からか、夫婦岩と呼ばれるようになった。この名称がついた時期は定かではないが、江戸時代中期の『伊勢参宮名所図絵』に大注連縄を張った夫婦岩の絵が載せられている。 根尻岩は1918年(大正7年)の台風によって根本より折れ、1921年(大正10年)に別の岩で修理をしている。 夏至の前後約4ヶ月間は、夫婦岩の間から御来光が拝めることで有名。特に夏至の前後2週間ほどは、方位角約61度距離およそ200kmの彼方にある富士山山頂付近からの御来光となることから、近隣の二見浦旅館街の宿泊客やカメラマンが多数訪れるが、梅雨の最中であるため観測される機会は少ない。 また、冬至の頃には夫婦岩の間より昇る月を見る事も出来、満月の日には大勢のカメラマン・参拝者が訪れる。
歴史
1910年(明治43年)、猿田彦大神を祀る興玉社(おきたましゃ)と宇迦御魂大神を祀る三宮神社(さんぐうじんじゃ)を合祀したもので、その際に現社名に改称した。
興玉社の歴史は、夫婦岩に注連縄を張り、興玉神石の遙拝所を設けたのに始まるという。天平年間(729年 - 748年)、僧行基が興玉神の本地垂迹として江寺(えでら)を創建し、境内に興玉社を建てて鎮守社とした。後に現在の二見浦へと遷座した。
三宮神社は、元は現社境内の天の岩屋の中に祀られていたが、文禄年間に岩屋の外に移された。1910年(明治43年)に興玉社本殿に合祀された。古い参詣記には三狐(さんぐ)神社などとも記される。
1945年(昭和20年)に栄野神社を合祀した。
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